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【精進料理】いつもの食事をご馳走に変える極意

参加募集中!

【ご好評につき、第2回開催!】
旬の料理を”ただひたすら”味わいませんか?

フレンチレストランと禅寺のコラボイベント「精進フレンチ食事会」。
次は、「秋」をテーマに開催します。

概要

当日の流れ

・《知識編》 精進料理について、アムールについて、初めての方向けに説明します。
・《実践編》 3分間、会話もスマホも止めて、ただひたすら味わいます。
・《食事編》 最後は思う存分食事を楽しみます。

会場

大法寺(駐車場を無料で使用できます)

プロデュース

糸島のフレンチレストラン「Bistro&Beer Bar AMOUR」

前回の様子

【コラム】いつもの食事をご馳走に変える極意

前置き

今回の内容は、新聞のコラムのような体裁で書いてみました。

タイトルは「いつもの食事をご馳走に変える極意」と、刺激的な内容になっていますが、要は、精進料理に対する個人的価値観を綴っただけです。

ちょっと、語り口が偉そうですが、お許しください。

コラム

最近、アメリカでは「ヴィーガン」なるものが流行しているそうだ。

我々には聞き慣れない言葉だが、その意味は、「肉や卵などの動物性タンパク質を摂取しない食生活を送る事・人」とのことだ。
アメリカでは、スーパーでも、動物性タンパク質抜きの食品には、ヴィーガンを示す「V」マークが付いているらしい。
ヴィーガンには、目的も徹底度合いも様々あるそうで、一概には語れないが、そのような食事が「健康法」の一部としても語られているようだ。

そんな異国の「食」に関する流行を耳にしてはたと考えてみた。禅の世界における「精進料理」とは何なのか。

おそらく最初に思い浮かぶのは、「修行僧が食べている、肉や魚を使わない薄味の料理」といったイメージではないか。
「厳しい修行に耐える」ことの一環と思われている方も多いだろう。


しかし、私の解釈では、そのイメージは本来の意味は異なるもの、いや、正反対といってもよい。精進料理とは、耐えるものではなく、究極のご馳走だと考えている。

確かに、精進料理は薄味だ。しかし、それは「健康のため」等ではなく、「煩悩を刺激し過ぎないため」である。
いわゆる「濃い味」に慣れてしまうと、以前まで美味しいと感じていた味では物足りなくなる。すると、さらに濃い味を求める。そう、まるで「永遠に味を求めるアリ地獄」にハマってしまうようなものなのだ。

したがって、刺激の強いものを避け、味付けはほどほどに、食材本来の味を楽しむように煩悩をセーブする。
そうすることで、常に美味しさを感じられる食生活を送れるようになる。これが精進料理の本質ではないだろうか。
すなわち、精進料理とは、”いつもの食事をご馳走に変える極意”なのだ。

ちなみに、仏教を開いたブッダは、質素な料理を基本としながらも、いただいた食材であれば、肉や卵等、何でも美味しく食したそうだ。「いただいたものは丁寧に調理し、美味しく食べる」。これもまた精進料理の根幹である。

実際、禅の世界では、いただきものを「添菜(てんさい)」と呼び、たとえ修行中であっても、添菜があれば何でも美味しく食す。

そう、肉を食べないことはあくまで手段の一つであり、目的ではないのだ。

以上